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札幌家庭裁判所苫小牧支部 平成8年(少)34号 決定

少年 I・Y(昭和55・10・2生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、

第1  平成8年2月27日午前零時35分ころ、北海道○○市○○×番地の××所在のA方車庫内において、同人の妻であるB子(当時69歳)に対し、殺意をもって、傍らに置いてあった漬物石(重さ7.8キログラム)を同女の顔目掛けて投げ付け、その漬物石が足に当たり同女がよろめいたところを、更に、別の漬物石(重さ約13.2キログラム)で同女の額あたりを殴り付けて、その場に前のめりに転倒させたうえ、「許してくれ。」との同女の哀願を一顧だにせず、その顔や頭を目掛けて上記の漬物石(重さ約13.2キログラム)を5、6回落下させて命中させ、以上により、そのころ、同所において同女を頭蓋内損傷等により殺害し

第2  上記殺害の直後、上記A宅方書店内において、同人所有の電話機の子機1台とわいせつ雑誌1冊(時価合計10,330円相当)を持ち去り窃取し

たものである。

(適用法条)

第1の事実につき刑法199条

第2の事実につき同法235条

(処遇の理由)

第1判断の基礎となるべき事情

1  少年は、平成5年4月、地元の中学校に入学したが、そのころから、時折、学校内でいじめられるなど面自くないことがあると、夜間、自宅を抜け出す癖があり、中学2年生の時には、一度、夜間、好奇心から校内に侵入したところを発見され補導されたことがあったが、それ以外には特に問題を起こすことはなく、同7年4月、中学3年生に進級した。そして、同年12月、周囲の勧めもあり、一応、高校に進学することを決意したが、元々勉強嫌いなため受験勉強に手がつかず、気晴らしに、再び、深夜、自宅を抜け出してみたところ、言い知れぬ解放感とスリルを味わうことができ、以降、頻繁に、刺激を求めて、深夜、○○の町を徘徊するようになった。

2  少年は、平成8年2月18日深夜、いつものように自宅を抜け出し、○○の町を徘徊していたところ、ふと小遣い銭欲しさに駆られ、今回の被害者であるB子とその夫のAが経営する書店に侵入し、レジスターの中から現金を盗むことを思い立った。そして、指紋を残さぬよう軍手をはめたうえ、ペンチを携え上記○○書店に赴き、所携のペンチで玄関の錠付近のガラスを破り、同書店内に侵入して現金1,500円くらいとわいせつ雑誌を盗んだ。そうしたところ盗んだわいせつ雑誌の中に、いわゆるダイヤルQ2遊びの方法が載っており、これに興味を覚えた少年は、親の目の届かぬ同書店内に侵入したうえ、そこからダイヤルQ2に電話をかけようとの衝動に駆られた。そこで、同月25日深夜、再び同書店に赴き、たまたま施錠のされていなかった車庫のシャッターを開け同書店内に侵入し、ダイヤルQ2に電話をかけたところ、別の電話番号がコールされたものの、思うようにはつながらず、仕方なく、同書店内にあったわいせつ雑誌に上記の別の電話番号をメモして、これを同書店内の書棚に戻し、別のわいせつ雑誌2冊を盗んで帰宅した。

3  少年は、同月27日午前零時すぎ、前々日わいせつ雑誌にメモした電話番号のことを思い出し、これに小遣い銭欲しさも加わり、自宅を抜け出し同書店に赴いた。そして、A宅2階の施錠されていない窓から同人宅に忍び込み、すぐ様、1階に降り、同人宅居間を通って同書店内に侵入し、まず、レジスターの中から現金を盗んだ。次いで、同人宅の居間へ行き、前々日、わいせつ雑誌にメモした電話番号を見ながらダイヤルQ2に電話をかけたが、今回も前回と同様、失敗に終わった。更に、茶箪笥等を手当たりしだいに開け、金目の物を物色したが、小遣いの足しになるようなものは何も見つからなかった。そこで、仕方なく、再び同書店内に戻り、今度は書棚の中からわいせつ雑誌を数冊取り出し、所携のペンライトを照らして右のわいせつ雑誌を食い入るように読み始めた。ところが、それからほどなくして、突然、隣の居間に明かりがともり、人影が目に入った。少年は、同人宅には同人と妻のB子の2人しか住んでいないことは予め知っていた。それで、同人ないしは妻のB子に気付かれたと思い、とっさに人影の見える方とは反対の引き戸を開け車庫内に逃げ込み、そこに駐車中の自動車の影に隠れたが、ほどなくして、本件被害者であるB子が明かりをつけ、箒を手に持ち、「こら待て、泥棒」等と言って車庫内に入ってきた。

4  少年は、何とか逃れようと思い、上記の自動車越しに隙を窺ったが、同女は追及の手を緩めなかった。そこで、少年は、やむを得ず、一気に上記自動車の上を走りぬけ、右引き戸から逃げ出そうと考え、右手でその顔を隠しながら、上記自動車の屋根に駆けあがり、その上を対角線上に走って後部座席の横当たりに飛び下りた。しかし、その時、右車庫の奥の方にいた同女から、「顔を見たよ。学校に連絡するよ。家に言うよ。」等と見咎められ、「そんなことをされたら父母に迷惑がかかる。盗みのことやエッチな本を読んだことがばれ、○○の町には住めなくなる。」との思いが走ると同時に、口封じのため同女を殺害しようかとの考えが頭をよぎった。しかし、その一方で、とりあえず同女に謝り許しをこおうかとも考え、一旦、右引き戸の辺りに立ち止まったが、同女が背後から近付き、何かを言いながら、少年の背中を箒で突いたり、叩いたりしてきたため、少年は、そのしつこさにカァーッとなり、同女の方を振り向こうとしたところ、その傍らに漬物石が2個置かれてあるのを認め、その瞬間、どうせ素直に謝罪したとしても見逃してはくれないであろうから、事件の発覚を防ぐには一思いに上記漬物石で同女を殺害し、その口を封じるよりほかにすべはないものと意を決し、すかさず上記漬物石のうち片方の石(重さ約7.8キログラム)を手にとり、本件第1の非行(殺人)に着手した。

5  そして、少年は、上記漬物石のうちもう一方の石(重さ約13.2キログラム)を、自己の胸くらいの高さから同女の顔や頭を目掛け、何回か落とし続け、その動きが止まったのを認めるや、止めを刺すつもりで、より高く上記漬物石を持ち上げ、これを同女の頭に落下させた。そして、居間を通り抜け玄関から逃走しようとしたものの、同女が間違いなく死亡しているかどうか気に掛かり、上記引き戸の付近まで戻りかけたところ、同書店に隣接する部屋に電話機の子機が1台置かれてあるのが目にとまった。すると、再びダイヤルQ2のことで頭がいっぱいになり、右電話機の子機とともに、わいせつ雑誌を持ち帰り、親の目を盗んで、再度、ダイヤルQ2に挑戦しようと考え、本件第2の非行(窃盗)を犯した。

第2判断

当裁判所は、以上認定した事情を前提に、記録(主として少年調査票と鑑別結果通知書)及び審判結果から認められる少年の性格、行動傾向等を精査し、少年を中等少年院に送致する決定を下した。

以下、その理由を述べる。

1  本件は、少年が、わいせつ雑誌や、いわゆるダイヤルQ2に興味を覚え、小遣いの足し欲しさも加わって、深夜、盗みに入った先の書店の中で、わいせつ雑誌を読み耽っていたところ、本件の被害者である老女に気付かれ、隣接する車庫内に逃げ込んだものの、「顔を見たよ。学校に連絡するよ。家に言うよ。」等と見咎められ、さらには箒で叩かれるなどしたため、逆上してしまい、同女を殺害して、その口を封じるよりほかに自らの非行発覚を防ぐ方法はないものと思い込み、たまたま目に入った漬物石2個を凶器として用い、許しをこい哀願する同女を殺害するとともに、その直後、ダイヤルQ2に電話をかける目的で、電話機の子機1台とわいせつ雑誌1冊を盗もうと決意し、これらを持ち去ったという事案である。

たしかに、先に認定した事件の経過をみると、本件非行の中心である殺人非行の点については、被害者に見咎められ、追い回されたことに対する過剰な情動反応として偶発的側面があることは否定できず、また、窃盗非行についても、単なる機会的な非行にすぎないようにもみえる。

しかしながら、少年は、それまでに犯した自らの窃盗非行等を保護者や学校に知られたくないという余りに身勝手かつ単純な動機から、こともあろうに被害者の殺害を決意し、さしたるためらいもなく、これを実行に移し、人一人の生命を奪ったものであり、そこにみられる人命無視の態度には目に余るものがあるうえに、ひと度、殺害に着手するや、被害者の哀願にも一切耳を貸さず、体の動きが止まるまで、何度も10キログラム以上もある漬物石を被害者の頭部あたりに落とし続け絶命させたという人を人とも思わない手口や、その後の妙に冷静な行動には、単に、過剰な情動反応としての攻撃性に止まらず、いわば確信的といってもよいほどの徹底した攻撃性と冷酷さを看て取ることができることのほか、そのような重大な非行を犯した直後であるにもかかわらず、血を流して死亡している被害者のすぐ側で、性的衝動に駆られ盗みを敢行するその大胆さや罪障感の乏しさ等を総合勘案すると、本件各非行の内容(動機、手段・態様、結果等)から窺われる少年の犯罪的危険性は、先に指摘した偶発的ないしは機会的側面を十分に考慮したとしても、相当程度大きなものがあるといわざるを得ない。

2  ところで、少年は、これまで夜間学校に忍び込み補導されたことが1回あるだけで、その他には非行らしい非行を犯したことがないうえに、その日常生活や学校での振舞いをみても、反社会的な物の考え方を積極的取り入れようとする姿勢は窺われず、成績は余り良くないが、ごく普通の目立たない生徒であり、その能力や素質面(IQ=94)はもとより、家庭環境にもとくに問題は認められない。

しかしながら、その性格、行動傾向をつぶさにみると、数人の気の合う友達以外とは全く付き合おうとはせず、ごく限られた生活空間のなかで自分の殻に閉じこもろうとする傾向が強いうえに、その関心や興味も、専ら、弟たちと遊びまわることやマンガの程度に止まっており、15歳という年齢に比して幼さや未熟さが目立つ。その結果、自己の耐性を越える問題が生じると、物の考え方が独善的かつ短絡的なものになりがちで、自ら事の善し悪しを落ち着いて考えたり、他人のことを思いやることが上手くできなくなり、専ら、父親の言うことに従うか、あるいは、その場の状況に流され易く、その場の思いつきで事を決する傾向がある。

少年は、こうした傾向を克服することができないでいるうちに、高校進学という自らの決断を求められる状況に追い込まれ、その一方では、第二次性徴期を迎え性衝動に駆られるようになり、自分ではどうしたらよいものか判断がつかず、そうかといって、それまで唯一頼りにしていた父親にも相談することができないまま不安と苛立ちをつのらせ、精神の安定を欠いた状況に陥っていたものとみられる。

本件の各非行にみられる少年の人命無視の態度や短絡的で冷酷残忍な行動パターンは、上記のような少年の人格的な未熟さや偏りが、精神の安定を欠いた生活状況の中で増幅され、些細な被害者の言動等を機に、上記のような犯罪的危険性へと転化したことに起因するものとみてほぼ間違いはなかろう。

もとより、少年の抱える問題性は、それだけでは直ちに犯罪的危険性へと転化する性質のものではない。しかしながら、先に認定した程度のこと(本件被害者の言動)で、容易に、上記のような犯罪的危険性へと転化する少年の問題性は、それ自体、矯正教育の必要性を窺わせるに余りあるというべきであり、このままでは、その問題性(社会的不適応の状態)をより深化させ、些細なことがもとで再び非行を犯す可能性は十分にあるといわざるを得ない。

3  以上検討した本件各非行の内容から窺われる少年の犯罪的危険性の大きさと、その背景をなす少年の問題性の根深さに照らすならば、少年の将来の健全な育成を期するうえで要保護性が大きいところ、少年は、今だ自らの問題性や非行の重大性に対する認識が乏しく、また、保護者においても、少年の問題性を正しく認識しているとはいい難いうえに、両者ともこの事件に対する遺族や地域感情がどれほど厳しいものかよく理解していないところが見受けられ、それだけに少年の帰住先を含め保護環境の調整に相当の時間を要するものと認められることなど諸般の事情を勘案すると、社会内処遇は不適当であり、むしろ施設に収容したうえ、規則正しい集団生活の中で、自らの主体的かつ真摯な努力により、自己の犯した非行の重大性を厳しく反省し、その性格、行動傾向を改善して、社会規範に対する正しい考え方を身につけ、およそ非行とは無縁の生活を送ることができるよう矯正教育を受けさせることが肝要である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項、少年院法2条3項を適用して主文のとおり決定し、なお、少年審判規則38条2項に基づき、少年の帰住先の選択については、遺族や地域の感情に考慮して、慎重な配慮を必要とする旨勧告する。

(裁判官 伊良原恵吾)

〔参考1〕 処遇勧告書〈省略〉

〔参考2〕 鑑別結果通知書〈省略〉

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